KAZUTAKA_SAKA
レトロスペース坂会館 館長

Profile

坂一敬(さか かずたか) 1943年 北海道上士別生まれ。大学進学のため上京し学生運動に身を捧げる。帰郷した後、レトロスペース坂会館を開館。以来館長を務める。レトロなアイテムの展示のみならず、不定期でコンサート、映画鑑賞会、トークイベントなども行われている。全国にコアなファンを持つ札幌が誇るホットスポット。

捨てられていたマネキンと自分が重なった

ー ここをやって30年くらいとのことですけど、その前から収集はされていたんですか?

一切やってないです。私がここを始めたきっかけはあります。私は老け顔なんですが。ある日電車に乗って優先席の前に立っていたら、優先席に座っていたお婆さんに、「あんた座りなさい」と言われたんです。内心、まだここに座る歳じゃないんだよな、と思ったんですが、「電車がすごく混んでいる。あんたがここに座ればそれだけ空間が空いてみんなが楽になるよ。立っている人の中であなたが一番年寄りに見える」って言われて。それで生まれた初めて優先席に座りました。その時に、ああ、私は爺さんに見えるんだと思いました。40代の時です。

その後にゴミステーションに行ったんですが、そこにマネキンが捨ててあったんです。それを見た時に、そのマネキンと自分が重なりました。自分が捨てる側にいるのか、捨てられる側にいるのかを考えた時、自分はもう捨てられる側にいるんだなと思いました。それでマネキンを拾ってきたのがここの始まりです。

ー 30年前に拾ったマネキンと、ずっと自分が重なっているんですか?

それは今でもそうです。今はもう完全に捨てられる歳ですけどね。そのマネキンは今でもそこに飾ってありますけどね。

歪んだ世界

木は、本来は山から切ってきた原木を5年、10年と天日で乾燥させてそれから使うんです。だからそれを組んでもほとんど狂いはない。でも今は全部機械で乾燥させちゃうからね。太い木も日本にないからね。洋材はあるけどほとんどが細い木ばっかりだから。それをどうするのかと言ったら、細い木を何本も組み合わせて一本の柱を作って、それを糊で接着して、周りを薄いベニヤかなんかで囲ってしまったら一本の木に見えるんですよ。そうやって作ってますね。だけどそれは燃えたら大変です。私は燃やしたことあるんですけどね、青白い炎が出て全く不気味な感じですね。だからハウスシック症候群とかね、そういうところに住むと子供たちはおかしくなるんですね。そして中は全部抜けていますからね。

上から見たら一枚の木に見えるけど、貼り合わせているだけですから。こんなものが長くもつわけないでしょ。そのかわり安く作れますよね。一枚板じゃないんだから

ー 一方でなくならないもの、ずっともつものもありますもんね。

しっかり作ればもつと思いますけどね、ずいぶん高くなるのかもしれませんね。今は野菜でも何でも工場で作れば安くできますよね。土使わずに水耕栽培やっていますから。だけどその野菜、例えばほうれん草に鉄分が入っているかといったらほとんど入ってないでしょ。だからサプリメントが必要になってくるんですよ。見てくれはいいんですけど栄養は入ってないですよ。

それは魚も同じですね。養殖だし傷だらけですからね。切ってしまったらお客さんはわからないですから。さっきの板の話と同じで、外から見ている分にはわからないです。

我々の健康も、住宅も含めて少しずつおかしくなっているから、調剤薬局がたくさんあるんですよ。薬屋さんはすごい数ですよね。日本は薬で治そうとするけど、それだけおかしくなるってことは、良くないものが体に入るからだろうと思うんですよね。

ー 今の世の中を館長から見てどう見えますか?

歪んでいると思います。だからその中に住む我々人間も歪むんですよ。人に対する思いやりがないですよね。札幌は雪降りますから、ガレージや屋根の雪下ろしをしないとダメなんですよね。そうすると必ず放送が流れます。「一人でやっちゃいけません。落ちたら死にますよ」って。だから近所隣に声をかけて2人以上でやりなさいと。でももう札幌には近所隣がないんですよ。つまり、近所の人がいても名前も知らない、話したこともない。そういう人たちに声なんか掛けられませんよ。

例えば長椅子を買ったとして、1人じゃ持てませんよ。2人なら持てます。じゃあ隣の家に行って「長椅子を動かしたいんだけど、ちょっと持ってくれないか?」とは言えないですよ、今の時代は。だって初めて声を交わすわけですから。それは札幌だけじゃなく東京でも同じだと思いますが。近所付き合いはないですね。だから雪下ろしも1人でやるしかありません。そうすると事故が起きても誰も知らんぷりです。ああ、あの人、間違って屋根から落ちたわと。

ー その辺が歪んだ世界になっていると?

歪んでいますね。それが当たり前になっている世界ですね。だから今、テレビで子供を餓死させてしまうお母さんとかニュースになっていますが、そういう状態なんでしょうね、きっと。

ー 一方で美しい世界、良い面もあると思いますが。

もちろんそういう良い面もありますが、悪い面が幅をきかせていると思います。うちでもモノを盗む人が沢山います。

ー そうなんですか!

うちには婆ちゃんが貯めていた50銭銀貨とか一分銀が沢山あったんです。江戸時代生まれの婆ちゃんの婆ちゃんが実際に使っていたものですから鑑定の必要がないものです。それが飾ってあったのですが全部盗まれました。一眼レフカメラも盗まれました。そういう時代ですね。でも私は監視カメラをつけてまで防衛しようとは思わないですけどね。私は監視された中で見るのは嫌ですから、私もやらないです。エロティックな写真や下着も盗まれましたよ。

ー どうすれば歪んだ世界は良くなりますかね?

良くならないと思います。子供の頃から歪んでいますからね。私が子供の頃は、近所隣もあったし困ったときには助け合いをやっていました。札幌には侍部落っていうのがあったんです。豊平川の河川敷に家のない人たちが掘立小屋作って住んでいたんですよ。河川敷だから国のものですし、誰も文句言いませんよね。その人たちは街に行ってみんなが嫌がる仕事をしたり、各家を回ってお恵を求めたりしていました。どこの家でも10円とかお米一掴み出したりして助け合っていたんですね。ある時行政がやってきて、「ここは国有財産だから勝手に住んではいかん」と言って追っ払ってしまったんです。それでホームレスが生まれたわけですよ。住むところないんだから。

今はホームレスは地下街にいます。地下街も夜10時を過ぎたら閉めて追い出しちゃうんですよ。中にいるホームレスが住む場所がないじゃないですか。行政はどうしても彼らが出ていなかったら冷たい空気を送り込んで追い出しているんです。一方で福祉社会と言っているわけですからね。そういう住む場所がない人もいるわけですし、我々だっていつホームレスになるかなんてわかりません。安全だと思っていても何が起こるかわからないですからね。だって津波が来て住むところなくなっちゃった人が沢山いるじゃないですか。でもそういう人たちがどうすればいいのかと言っても誰も助けてくれないですよ。それが今の日本ですね。だからみんな考えることは、ホームレスにならないようにしよう、それだけですね。

ー レトロスペースにはエロティックなものもありますよね。

これは昭和のカルチャーですよね。それほど珍しいものじゃなかったんですけどね。今は珍しいって言いますけどね。みんな有名になるまでは苦戦していますから。芸能人はみんなそうですね。若い時は食えないですから。普通の人は学校出れば食べていくことができますが、芸能人は有名にならない限りは食えませんから。そういう恐ろしい世界ですから。東大出てればスターになれるかと言えばそんなことはないですし。

ー そういう思いもあって展示していると?

それは紛れもなくあったものですからね。ただ札幌ではこういうものがどんどん撲滅させられています。国の方針で。ストリップなんてやらせちゃダメだ、あんないやらしい踊りはってね。見たことないと思うんですよ。ストリップってすごく明るくて楽しい踊りなんですよね。でも北海道には一軒もないです。全部潰されましたね。ストリップ劇場は権利を持ってやっているわけですが、権利の譲渡ができないんですよ。一身専属です。もしあなたがストリップ小屋をやっているとしたらあなた一代なんですよ。誰にも売ることができないです。そうなると、あなたが歳を取ったり病気になったりしたらその小屋は閉めるしかないですね。許可出ませんから。

ー じゃあなくなることが決まってたんですね。

そうです。そういう風に法律を変えてしまっていますから長くはできないですね。何かあったら猥褻だと言われて。経営者は全国逃げるしかないですよ。道頓堀にも道劇っていうのがあったんですけど、そこの経営者も逃げたままですね。歳をとってから牢屋に入るのは辛いですからね。あそこもとっても楽しい劇場だったんですけどね。知り合いもいましたし、私も時々行っていました。

ー レトロスペースの展示物はどういう基準で選んでいるんですか?

私が自分で見ていいなと思うものを飾っています。30年以上やっていますから自分で鑑定できます。ただ値段はわからないですよ。古いものの値段というのは、欲しい人がいてつくものですから。万人が良いなんてものはないですから。自分で「あ、これは!」と思うものを展示しています。だから昭和のものが多いですね。私は明治、大正時代のものはわかりませんが、昭和のものであれば、戦後であれば、自分が生きていましたから。自分の目で見ていますから鑑定してもらわなくてもわかります。

ー 後後はこの場所はどうしていくつもりですか?

先のことは考えていません。先のことを考えていたらこんなことはやりません。小さなマンションでも作って左団扇の生活を考えた方が遥かに利口です。始める時から先のことは考えていなかったです。考えたらやらない方がいいです。お金だけはかかりますからね。

生き方を教えてくれた恩師

今の子供たちは大変だと思います。イヤでも勉強しなきゃいけない。できないものはしょうがないのにやらされる。やらさせる方は辛いと思いますね。

ー 館長の考える理想の教育は?

私ごときが言うことではないと思います。ただ学校は受験勉強の場所ではないと私は思いますね。私は高校は札幌でしたが、三角(みすみ)先生という恩師の先生がいて、生物の先生なんですが、その人がいつも我々に言ったのは、「人生は何のためにあるんだ?」「どういう風に生きたらいいのか?」ということです。そういうことを教えてくれました。

我々もそういうのが先生だと思っていたんですよ。だって受験に必要な勉強は本を買って読めばいいわけですから。問題集出ているわけですから、どんな問題が出るのかわかるわけだから、先生に教えてもらわなくても自分でできることですから。私は三角先生みたいな人が先生だと思っています。ところが、時代が変わると、「三角先生の授業は受験に役に立たない」と言われるようになりました。人生をいかに生きるかなんていくら学んだって受験には役に立ちませんよ。

もし熊が来たら私がやられるから逃げなさい

三角先生は学校を追い出されたんですよ。私は二期生ですが、そんな後輩と酒飲んでもしょうがないですから。「そんなお前らと酒なんか飲めるか」という感じで、私は同窓会には行きません。

三角先生とは死ぬまで付き合いがありました。私の家は今でも薪を炊いているんです。三角先生は、近くの家が壊された際に出た木材を私のために引き取っていてくれて、「取りに来い」と言ってくれるような人でした。

先生は、松の植生の研究をしていたんですが、家から山まで往復する時間がもったいないでしょ。だから先生は山の中に道を作り、自分で「シャングリラ」と名付けた小屋を建てて、そこに住み込んで研究していたんです。一度先生のお供をしてシャングリラに行ったことがあるんですが、熊が沢山出るところなんです。先生が先を歩いて私がその後ろを歩いていたんですが、先生は「もし熊が前から来たら私がやられる。その時は私を助ける必要はないから逃げなさい。その代わり後ろから来たら君がやられるんだよ。その時は私は逃げるからね。それでいいんだ。それを承知の上ならおいで」と言いました。それで先生の後をついて山小屋まで2人で行きました。そういう先生でしたね。副館長の中本が熊よけに持たせてくれた鈴だけが頼りでしたよ。私が一番影響を受けた先生でしたね。昔はこういう先生がいたんです。

三角先生は北大を出て、北大の助手をやっていて、大学の先生と喧嘩して北大に居づらくなっちゃって、辞めて高校の先生になりました。 

定年退職後はトラックの運転手をやっていましたね。普通の人とちょっと違うんですけど、違うと思うのがおかしいんであって、高校の先生を辞めてトラックの運転手をやったとしてもちっともおかしくないわけで。教育委員会に天下りするとかそういうのじゃないですしね。そういう先生が教えている授業と、今の受験本位の授業とは違うと思う。今はクラスで5人ほど良い大学に入れたら良い先生です。たとえ他の生徒が落ちこぼれてしまったとしても。

ー 30年間、ずいぶん長いことやられていますが、閉めようとか閉めた方がいいんじゃないかとか、そういう声はなかったですか?

それはいろんなところから言われましたよね。いやらしい写真を貼っているからと言って、警察に訴えた人がいます。でも私は警察の人に「どこに猥褻なものがあるんですか?」って聞きました。女性の裸というだけで大騒ぎするおばさんたちがたくさんいます。私は「そんなのはおかしい」と言いましたよ。大原麗子だって小林幸子だって脱いでいた時代があるわけですから。当時はそれが普通でしたね。

ー 副館長とはどんなご縁なんですか?

うちに来たお客さんをスカウトしたんです。よくやってくれています。パッと感じるものがあったんです。ちょうど彼女は前の仕事をやめたばかりでしてね。ずっとそれ以来よくやってくれていますね。ちょうどいい具合に彼女の前に働いていた人が辞めたあとでしたからね。不思議な縁があります。

中本副館長(以下副館長)こういう職場ってないと思うんですよね。日本全国探してもなかなかこういう空間はないでしょうし、こういう立ち位置もなかなかないんじゃないかと思います。私に合っていたんだと思いますね。館長とは喧嘩ばかりしていますけどね。展示の場所とか飾り方とか、本当に些細なことですけどね。それ以外でもありますけど(笑)。館長と副館長とか、上司とすぐそばの部下とか、上辺だけだったら綺麗に仲良く二人三脚でやれるんでしょうけど、殺し合いになるくらいまでの勢いでぶつかることもあります。でもそれはお互いに真剣だからこそです。

ー そこまで真剣にぶつかってまで伝えたいものや残したいものって何かあるんですか?

副館長:モノではなくて、モノを通じた人の考えとか精神とか。そういうものかなと思いますね。レトロスペースではとても幅広いジャンルで飾っていて、リカちゃん人形を縛っていたりとか、エッチなものもあるということでお叱りを受ける場合もあるんですが、それにも1つ1つ意味があってもことだから。上辺だけ見たらイヤらしいねとか猥褻だねとか言うけど、そうじゃなくて奥の意味があると思うんですね。レトロスペースってモノを通して人がどう感じるかっていう空間なのかなと思います。ただ古いものを置いているわけではない。レトロスペースのテーマは館長がよく言っていましたね。

館長:「懐かしく、しかも怪しく美しく」ですね。

ー 特に館長のお気に入りはありますか?

館長:よく聞かれますが、別にないですね。全てのものに少しずつみんな思い入れがありますね。無くなってからわかります。あ、あそこに置いてあったやつがない!って。ずいぶん盗まれました。

副館長:入るまでに勇気がいるっていう人もいます。昔は外から中が見えなかったんですよね。すりガラスになっていて。情報もあまり出てないですし。なんか秘宝館とかお化け屋敷みたいな怪しいところがあるって言われて。当初はここに足を踏み込みのは本当に勇気があるっていう場所だったんです。それがどんどん皆さんに知られていって。なんか古いもの置いているみたいだよ、面白いもの置いてるよ、みたいな感じに広まっていきました。今でも入るのに勇気がいるっていう方もいますし、こういう場所っていうのがどんどんなくなってきていると思いますね。冒険するところがどんどん失われていると思いますね。ドキドキ感とか。

今は自己主張が強い店が多いですよね、私の店はこうだ!っていうような宣伝をしたりとか。レトロスペースは一切宣伝してこなくて、人のおかげで知れ渡っていった感じです。

ー 今後10年後、20年後どうなっていると思いますか?

副館長:館長も10年後っていったら90近いですからね。私ももうお婆さんですから。

ー 次の後継とかは考えていますか?

館長:それはもう中本しかいないと思いますけどね。こういうものはお金にならないものですからね。金食い虫です。

副館長:できれば繋いでいきたいですけど。個人で博物館、資料館やっているお知り合いの方が日本全国にたくさんいるんですけど、お話し聞くと明るい兆しはないですよね。館長さんも歳とってきたりとか、体が悪いとか、やっても人が来ないとか、続かないとか。みんな大変みたいですね。

館長:北海道は雪が降りますからね。雪を落とさなきゃだめなんですよ。「なんかあったら呼んでください。助けます」っていうけど、だいたい誰も来ませんね。

副館長:レトロスペースがなくなるかもしれないという時期があったんですよ。4年前くらいに。ちょっと館長と社長が争って裁判沙汰になって。ここを潰すってことですよね。

館長:要するに、一言で言えば私が邪魔だったんだと思いますね。だけど私はあの人を社長に推薦した覚えはないんですよね。だから裁判になったんですよ。ここは私の父が始めたところですから。「坂」といううちがお金を出して手に入れたところですから。自分にとってはここが自分の家みたいなもんですからね。他所から来た人間にあれこれ言われる筋合いはないんですけどね。

館長:裁判はレトロスペース側が勝利したんですけど。一時期レトロスペースがなくなるんじゃないかと情報が流れて、そうしたら1100人くらい来ました。

ー なくなって欲しくないっていうファンがいるんですね。

副館長:はい。それかにわかファンですね。なくなるなら、なくなる前に一度足を運んでみようかっていう。リピートのお客さんもいますけどね。年賀状を800枚近く出すこともありますし。

館長:それを全部中本が手書きで書くんです。

ー 中本さんとの信頼関係、パートナーシップがあって成り立っているんですね。最後に何かメッセージはありますか?

館長:メッセージはないですね。これはここに来てもらって、見てもらうしかないですね。画像ではわからないと思いますけどね。実際に足を運んでもらえたら励みにもなりますし、何か買ってくだされば助かります。

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