HATSUKI_SUGAI
/ Fashion Director / tokone Producer

Profile

菅井葉月(すがい はつき) 東京都出身。幼少期をシカゴで過ごし日本に帰国。映画を通してファッションに興味を持つ。2012年より自己解放へと誘うレッグウェアブランド【 tokone 】のプロデューサーを務め、wearable art をコンセプトに国内外の50を越えるアーティストとコラボレーションした商品を100種類以上手掛ける。KANSAI YAMAMOTO、切断ヴィーナス、NIN_NIN、弘前ねぷたなど様々なプロジェクトにも携わっている。

プロデューサー/ファッションディレクターとして数多くの仕事に関わる菅井葉月氏。人生はシュールコラージュと語り、映画のような人生を送るをテーマに華々しく活動する一方、幼少期には孤独を抱え自殺願望もあったという。多方面で活躍する菅井氏の活動の原動力や生きる指針となっているものは一体何なのか?

原点は映画

ー ファッションは小さい頃から好きなんですか?

好きですね。父の影響で幼い頃から映画が大好きで、映画はファッションと音楽が全て含まれる総合芸術ですよね。なので、映画の中でのファッションに憧れたというのがベースにあります。ここ15年近く自分の活動をできる限り動画で撮っていただくようにしています。最終的には映画を作りたくて、「映画のような人生を送る」というのもコンセプトにして生きています。映画を通してファッションを好きになりました。

ー 葉月さんにとって映画が大切なものなんですね。どんな映画が好きなんですか?

ファッション的な観点で言えばジャン=リュック・ゴダール。フランス映画の所作を含めた服。タバコを吸う時の手と手首にあるシャツのボタンの外れ具合とか巻き方とか。色の切り替え方や文字の使い方も良いし、服だけじゃないファッション的なセンスが感じられる映画としてもゴダールは最高だなと思います。

あとは、【tokone】のタイツでもコラボレーションさせて頂いたアレハンドロ・ホドロフスキー監督の『エンドレス・ポエトリー』という作品が近年では大きく感動し、共鳴しました。ARTに生きる監督自身の生き様を表現した自伝的作品で、その中に登場する「虹色の脚を持つ詩人の女」のタイツをデザインしたのですが、映画の中の素晴らしいスペイン語のセリフを制作期間の2ヶ月、ほぼ毎日観て抜き出しタイツに施したので、独自の道を生きて表現し映画にしてしまう監督の生き様に強い勇気と情熱を貰いました。もはや生きる指針になっています。

ー ファッション抜きにしたらどうですか?菅井葉月として好きな映画は?

えー!どうしよう(笑)。どうしましょうね。何がいいかな?それ言われていろんな映画を思い浮かべましたが…残っているのは『サイコ』。いきなり主人公が死んじゃうとか、そういう裏切られ方に本当にびっくりしました。本当に想像していないことが起こって、その世界に引きずり込まれてしまったという意味で、一番びっくりした映画が『サイコ』でした。 他にも黒澤明の『羅生門』も好きですし、ビスコンティの『ベニスに死す』とか…父の影響もあるので 古い映画が好きですね。『ベニスに死す』は美少年がセーラー服を着てたり、ファッションの観点からも最高ですね。 

ー 結構お父様と一緒に映画見られたりとか?

昔は家族全員で映画館に見に行ったり家で映画を見る時間もありました。最近でも母と父は一緒に映画館に行っていますし、私もタイミングが合えば一緒に行ったりします。

ー じゃあ映画が原点となって、家族の絆のひとつになっているんですね?

そうですそうです。家族と会った時には「最近何観た?」っていう話をしますね。みんなで「これを観てこう面白かった」という話をするのが好きです。「ああ、我々は映画好きなんだな、映画が共通の言語なんだなあ」って思いますね。

ー 映画を作りたいって仰っていましたが、こういう影響もあるんですか?

はい、それは大きいと思います。映像は永遠だなと本当にずっと思っています。今でも常に活動の記録としてのドキュメント映像は撮っていますが、ストーリー仕立ての映画はまだ作ったことないのでそれを作るのは夢ですね。

私だけ、違う

うちは4人兄弟で私が長女なんですけど、兄弟は全員小学校の時からエスカレーター式の某有名学校に通っていましたが、私だけ公立でした。私はシカゴから日本に帰ってきた時に日本語が理解しきれず語学的に問題があり、また勉強していなかったのもあって同じ学校の受験に落ちてしまいました。「自分ってなんだろう?」っていうのがそこからスタートしましたね。親戚も皆良い学校を出ている割とアカデミックな家系の中で、自分だけ毛色が違うなと。

ー シカゴはどのくらい居たんですか?

東京で生まれてすぐに渡米して、小学校に入る前に帰ってきたので、5年くらいですね。帰国してから違和感というか日本に対するコンプレックスも強かったですね。

ー どんなコンプレックスなんですか?

共通言語がないというか…。まず日本語を喋れないので日本人として会話が成立しないというところから始まり、言葉を覚えられるようになっても、その子たちが育つ過程で当たり前に見てきたものを見ていないので同じ話ができないんですよね。そういう意味でも共通言語がなかったです。スタート地点からズレた状態で始まっているような感じなので、「みんなと違う」というコンプレックスが強かったです。

小学校に入ってからは帰国子女って言われ出して、6年間卒業するまで言われ続けました。「帰国子女っていつから帰国子女じゃなくなるんだろう?」「差別というか区別されたままいくんだな」「これは学校卒業するまでは終わらないんだな」などなど、、、かなり辛かったですね。

ー 辛かったと。

コンプレックスみたいなものが、学校の外にもあったし家の中にもありました。私以外の兄弟は皆同じ学校に行っているから共通言語を持っています。例えば兄弟は「あの先生の話」ができるけど私だけできないんですよ。家族の会話の中に入っていけない瞬間がすごく多くて。

ー 疎外感みたいな?

そうですね。その「ずれ」は辛いけど、合わせていこうとはなれなくて、自分独自の考え方をしていました。そうしないと自分を保てなかったです。家族みんなで映画を観ている瞬間は大好きだったんですけど、そこにいてもすごい孤独を感じていました。

死にたいというより消えたい

ー アメリカでも日本でも孤独を感じていたんですね。

アメリカにいた時はそこがスタート地点で、英語も喋れるようになっていたのであまり孤独はなかったんですけど、日本に帰国した時に孤独が始まった感じです。幼少期はスーサイドへの憧れがすごく強かったです。

ー へえ、そうなんですか。

「死にたいじゃなく消えたい」という感覚がずっとありました。

ー それは誰かに打ち明けたり相談しましたか?

母にはなんとなく言ったかもしれませんが兄弟には言ってないです。同じ共通言語を話している人たちにはなかなか言えないというか。

人の孤独を解消させたい

「人の孤独を解消させたい」というのを生きる上でのコンセプトとして持っています。それは自分が孤独で辛かったから。みんな同じ方向を向く必要ないじゃないってずっと思っていたのでそれを人に言いたいですね。もっと自由にもっと自分がやりたいようにやりたいことを突き進めていって、たとえ自分と違う考え方があっても、「ああ、そういう考え方があるんだな」って思えたら人生豊かになるし、新しい観点をもって新しい自分が見つかるかもしれないじゃない?ということを提案したいです。

ー ご自身が孤独や疎外感を感じていたからこそ、異なる考え方を大事にするということですね。

自分単体としても、固定観念を打ち破って新たな世界が発見できるようなスタイリングが提案できることを目指していますし、【 tokone 】のコンセプトとしても「~ジャンル崩壊~自己解放へと誘うブランド」というコピーライトを持っています。武居さんと一緒にやっているいろんなジャンルの人が関わる形態としての tokone は、自分にとってはある意味また別の家族の形なんですよね。(注:武居さんは葉月さんのビジネスパートナーで tokone のボス)。

ー なるほど。当時自殺願望があったり孤独を感じていたりしたとのことですが、そのなかで自分を保てた理由は何かあったんですか?

ずっと模索してきました。最初はどうしたら自分が親に認めてもらえるかな?というのがベースとしてあったんですが、それと共に自分のやりたいことを探求していくというところに入っていきました。

例えばセクシャリティに関しても、性別問わず自分が好きになった人が好き。異性愛でも同性愛でもなくその人自身に惹かれるかどうか、という感覚なんですよ。でもそういう話を父にしたら「そういう人は病気だよ」と言われてしまいました。特に父は昔ながらの西洋医学を学んだ医師なので。

ー 少し考え方が古いというか。

16歳くらいですごく仲良くなった子がいて、その子は私より年上で当時24歳くらいだったんですが、フランスへの留学経験があり、美意識高く知識も豊かでウィットにとんでいて、本当に魅力的な人でした。親しくなってからその子は男性から女性へ性を転換しました。私は彼女の全てに魅了されて、仲良くしていたのですが、家族はその子のことを絶対に「彼」と呼ぶんです。一回男性と認識したら“He”から変わらない。

今なら「親世代なら年齢的に受け入れるのは難しいよね」と思えるけど、当時の私としては、彼女を認めてくれないことは自分を認めてくれないことと同じ意味になってしまいました。

ー なるほど。

「その人らしく生きていることをどうして認められないの?」という気持ちを親に対して持っていました。結果、自分自身のコンプレックスを解消させられるような活動ができないかなという想いが「人の孤独を解消させたい」というコンセプトに繋がっていきました。

絵を描いたり写真を撮ったり、何かしらの表現を通じて人に会い「自分の考え方はおかしくないよ」と思ってくれるような人に出逢いたいという気持ちで自分を保てていたのかなと思いますね。

ー 認められたかったと?

そうですね、最初は特に。根本的な部分では親に認められたいイコール愛されたいという気持ちがありました。もちろん親に愛されているのは分かっているんだけど、肯定してもらえないということは否定ともリンクしてしまうので、苦しかったですね。

ー それは表現を通じて解消されていったんですか?

表現を通して、もがいて泳いで、その先で同じ魂で何かを作って自分を見つけたいという人たちと出会っていった感じです。 tokone のメンバーのように血が繋がっていないけど、家族と思えるような人たちと出会えたことで生かされている感じはあります。

ー なるほど。作品作りというより作品を通じて繋がる人というか、コミュニケーションツールというか、作品が共通言語みたいな感じなんですね。

そうですね。何かしら生み出したいとか、楽しいことしたいというところに共鳴して人が集まると、そういう人たちって独自の感覚があるから、人が言った通りになんてしないしできないから、それを見てとても安心しました。「そうだよね!」っていう(笑)。右に倣えじゃなくていいんだと思えて救われました。

私には4歳の子供がいるのですが、子供自身を認めてあげて、自分のやりたいことをやれるように何かしらアシストできたらいいなと思っています。自分の子供だけじゃなくてこれからのティーンネイジャーの子たちにも。

ー ティーンネイジャーにも。

学校は厳しいし勉強もしなきゃいけないし、みんな大変だと思うんですけど、でも大丈夫よと。自分らしく生きて、何が自分にとって楽しいことなのか、気持ちいいことなのかを探した上で、良い友達に出会えたら最高だね、と伝えたいという想いがありますね。

嫌なことを探れば好きなことも分かる

ー 情報が溢れる今を生きる若い人たちは、不感症というか、みんな同じというか、メディアで良いとされたもの良しとするというか、均質化に向かっているところもあると思うんですよ。葉月さんのように自分らしく、自分の好きなものに純粋に生きるというのはすごく良いメッセージだと思うんですが、自分の好きなものや興味のあるものが分からない人もいます。もしくはあるけど気づいていない人が。これについてはどう思いますか?

自分は元々ファッションが好きでしたし映画も好きでしたけど、「私はこれなんだ!」という明確なものはずっとなかったです。学校で将来なりたいものを紙に書いてみんなで渡し合う機会があったのですが、書くことがなくて困りました。

ー へえ、そうなんですね。

でも、なりたいものが分からないけどしょうがない、と分からない自分を受け入れて、逆に「自分が嫌だと思うものは何?」とか「人にこういうことされて嫌だったな。なんでこれをされて嫌だったのかな?」とか、そういうことを考えてみるのでもいいと思うんです。自分が嫌なことを探れば、その裏側の好きなことも見えてくるから。

ー 葉月さんは許せないことはありますか?

雑さ。自分もすぐ散らかすとかそういう雑さはあるんですけど(笑)、そうじゃなくて、雑なコミュニケーションは嫌いです。

ー 例えば?

セリフみたいな会話も嫌いですね。「それ誰にでもしている会話だよね?私に向けて話してないよね?」って分かるじゃないですか。

ー はいはい。

その時感じたことを、うまくなくてもいいから丁寧に話したら、新しいコミュニケーションが生まれたり、自分にとっても相手にとっても新しい発見があるんじゃないかと思います。

あと、コップを机の上にバン!って置くとかそういうのも嫌ですね。怖いって思っちゃうしそこに人を見てしまいます。

ー ああ、透けて見えると。

ヤケクソになっている時に「チクショー」って言いながらそういうことをしてしまうのはいいんですよ。でも日常的にバーンってドアを閉めるとか、歩き方が雑とか、そういう細部からその人が透けて見えるのに、それに気づいてないのを見ると残念な気持ちになりますね。自分が見えてない人は相手のことも見えていないから会話も雑になってしまうんだと思います。

聞き入れる、受け止める

ー 葉月さんが描く理想の社会はありますか?例えば葉月さんが国を作るとしたらどういう国にしますか?

面白いですね。考えたことなかったな、それは。一回考えるので先に伺ってみてもいいですか?

ー 僕か。そうですね。先程ジェンダーの話もありましたが、僕はその人がその人として、自分はこういう人間だと言える社会が良いなと思います。発達障害とかもありますけど、誰にとって障害なのかという話で。社会の色々な制度に当てはめるために発達障害とか決めないといけないわけで、ここからここに入る人が健常者でそれ以外が障害がある人、という風にしないと社会が成り立たないというのが仕組み上あります。そういったところも受け入れられるような社会だったら素敵だなと思いますし、自分の家族というかコミュニティのなかでは大切にしていますね。

自分もどんな社会や国が良いのかと考えてみたのですが、認めなくてもいいと思うんですよね。認めることってすごく難しいことだから。いろんな考え方があっていろんな人がいるんだということをまずは知ったうえで、仮に私がルールを考えられるんだとしたら、ルールづけをしないようにしていきたいですよね。

ー ルールづけはしないと。

はい。仮に私の王国に10人の人がいたら、10人の人たちを見てどういう王国がベターかな?って考えていくような形というか。私が王様で私が作りたい国を描くよりはある意味ディレクションに近いですね。その人たちをどうディレクションするとこの国というプロジェクトは幸せに向かっていけるのかな?と考えられるときっと良い形になると思います。

ー なるほどなるほど。

例えば国の中に雑さ満点の人がいて「ちょっとこの人うちの王国無理!」と思ったとしてもそこにいるわけじゃないですか。そうしたらそれも受け入れるひとつだなと考えます。「なぜその人は雑にモノを扱うようになってしまったんだろう?」「どうすればもっと丁寧にものを見れるようになるのかな?」と考えます。

いきなりルールで縛るんじゃなくて、「ああ、丁寧って気持ちいいね」とか「みんな過ごしやすいし、想像していなかっただけで楽しくなるんだ」というようなことに気づけるようにやんわりうまく持っていくというか(笑)。そういう風になるように努力したいですね。

ー 葉月さんが絶対的なルールを作るのではなく?

うん、うまくいかないですよね。それだと今と変わらないと思う。聞き入れる、一回受け止めるということが大事かなと思います。

ー それが自分にとって不都合であっても?

いやそれはもう仕方ない。そこから新しく構築するには受け入れるしかないと思います。

ー 国を出て行ってもらうというよりは、いる人たちを何とかしようと?

基本はね。ただ、どうしても相容れない時はしょうがないと思う。それもあると思う。合わない人はいますよね。どうしてもうまくいかない人とそこまで仲良くなる必要はないと思います。自分の心の健康を考えた方がいいからそういう無理はしなくてもいいと思います。全力は尽くしますけど。

顔を合わせる

ー 意見が対立する時はどうしますか?プロジェクトとかでもあると思うんですけど?

全部聞きます。インタビュアーの方でも、最終的に自分がこういう話にしたいんだなというところに持っていく方がいるじゃないですか。そういう方も苦手です。私に話を聞いてないというか。その人が言いたいことを私を通して言わせるのは本来のインタビューではないというか。

その人の話を「うん、わかった」と聞いたふりして結局自分の作りたい国にするのではうまくいかないですよ。全部話を聞くと「なるほどね」いう発見があります。それを踏まえてじゃあどういう国にしようかと考えます。だから意見が対立してもそれが1つの学びの場だと思って、聞き入れる努力をするというのを今鍛錬しています。それがすごく大事だと思っています。

ー 対立した意見も全て聞くと?

聞く。ちゃんと聞く。例えばツイッター上のケンカなんかを見ていても、みんな一方的じゃないですか。自分の意見が全く曲がらない。それはずっと平行線のままですよ。顔が見えない状態ですし。私は顔が見えるといろんなことが解決できると思っています。逆に解決させないために会わないというシチュエーションも今後増えていくのかもしれないなと思うと怖いですけどね。もうそこで終わりにできちゃうから。それって悲しいしすごくセルフィッシュだなと思いますね。

ー 確かに。じゃあ菅井王国ではケンカする時は顔を合わせると?

顔を合わせますね。古いけど昭和の感じでいくよね(笑)。やっぱり顔見ないと無理じゃないですかね?

ー それはあるかもしれないですね。

ケンカは別れるためではなく続けるためにするもの

いきなり強引に会いに来てっていうのは圧迫しちゃうからしないけど、最終的には顔見て話するようにしようよと。段階踏んでもいいから、まずはオンラインでもいいからと。とにかくケンカは別れるためではなく、続けるためにするものだから。そのためにしているんだよと伝えて話をしていけば違うんじゃないかなと思います。別れるためにケンカをしている人が多すぎる気がします。続けるために、理解するためにケンカすべきです。

ー 葉月さんが幼少期に孤独を感じて居場所がなかったというのも影響していると思うんですけど、みんなで共通言語を持つことも大事になってくるんですかね?

そうですね。正直共通言語がある人とは話が早かったり、やりやすかったりというのは当然あると思います。本当に合わない人と限られた時間を無理に過ごす必要もないなとは思いますけど、自分がこれが正解だと思っていることでも、顔を合わせて喋ると相手が全然違う角度から話をしてきて「ああ、そういう目線もあるんだ」と知れることがあります。そのためには自分がクローズしないこと、セルフィッシュにならないこと。

ー オープンな状態でいると?

はい。コロナ禍で人に会えなくなって自分の中で考える時間が増えたと思います。それも大事なことだけど、それを開示して、人と喋ることで、違う角度から思いもよらなかった話が来るなってことが分かると、やっぱり人と話すって良いなと思います。共通言語がなくても相手の考えていることを探り合うことはできると思います。

自分を開きカッコつけない

ー そうですよね。伝えたい、分かり合いたい、仲良くしたいという想いはあるけど噛み合わなかったり、同じ日本語を使っていてもうまくコミュニケーションがとれないケースもあると思いますが、そういう場合の分かり合うための、仲良くするための工夫は何かありますか?

まずは自分を開くこと。自分の美意識は持ちつつも、失敗してもいいと思ってカッコつけないこと。人とのコミュニケーションのなかでは。

今日も皆さん来ていただいていますけど、皆さんとお話ししたいですし、顔見たいですし、どういう風に考えているのかなとか、どうやってレンズ覗いてくれているのかなって思ったり。皆さんそれぞれの感覚のちょっとした隙間に入りたいと思っています。

ー それは葉月さんらしい繊細な視点ですよね。僕と対話しているけど、僕だけでなくここにいるみんなに配慮している。撮影スタッフのことまで言及されたセッションはなかなか経験ありません。

いえいえ、ありがとうございます。自分にとってはそのきっかけがファッションなので、今日はこういうスーツを着てきてくださって、こういう色のシャツを選ばれたんだなあとか、肌の色が白の生地と合っているなあとか、焼けてらっしゃるから夏どこか行ったのかなあとか、想像できるじゃないですか。

ー そうですね。

そうしてファッションをきっかけに話を聞いていくと、それが1つのコミュニケーションツールになったりします。そういう意味でもファッションってすごく大事だと思っています。自分の中のポイントがあるファッションをしている人が好きなのはそこが理由です。お洒落じゃなくても全然よくて、その人のこだわりが何か1つ分かると会話のきっかけになるので、そのフックを見つけたいと思います。

ー なるほど、コミュニケーションとしての文脈のファッションなんですね。

そうですね。今日映像を撮っている方は、お仕事しやすいように黒の服を着てらっしゃるじゃないですか。それも1つのスタイルです。そこでちょっとだけアクセントとして付けている腕時計を見て、「それイッセイのやつかな?」とか「クリアで気持ちいいよね」とか「動かした時に結構腕にフィットするんじゃない?」とか、お話ししていくと(撮影スタッフを見て)ちょっといま目が笑ってくれたりとか。そういうことなのかなと思います。

ー なるほどね。

自分のルーツであるファッションが、コミュニケーションのスタートになることはとても多いですね。

お洒落じゃなくてもいい。自分らしくあれば

ファッションに関して言えば、お洒落じゃなくても全然いいと思うんですよね、自分らしくあれば。お洒落に関しても、ここのブランドのこういうものを着ている人だねということではなく、スタイルとしてその人らしい感じがあればそれがいいというか。Tシャツ1枚でもそこにその人の好きなミュージシャンが表れているとか、そういうことでも会話になるじゃないですか。「あ、この辺が好きなんだ」とかその人の世界観がなんとなく見えてくるというか。

ー 確かに。好きなバンドのTシャツ着ていたら親近感湧いたりしますしね。

いわゆる今流行のものは作られているので。作っている人たちがいるから。それをお洒落だとは思わないし、それを作りたいというわけでもないんですよね。その人たちがその人たちらしくいられて楽しめるような、服を通したカルチャーを作りたいという感じなので、ファッションがベースですけど、もっとカルチャー的な感覚でファッションを捉えています。

ー トレンドやブームを生み出したいというよりはカルチャーとして?

はい。そうあれたらいいなと思います。

ー なるほど。ファッションもあるけど、映像とか音楽もあったり、表現という部分に重きを置いているんですね。

はい。

ー 逆に苦手なことはありますか?

数字!これあまり言いたくないことなんですけど(笑)、私計算が本当に苦手です。単純に計算、数字とか見ると頭がバーンってなっちゃいます。数字が苦手。数字に怯えがあります。

ー それは小さい頃から?

小さい頃からですね。あと説明書見るのもすごく苦手です。順番に読めないんですよね。いろいろと頭のなかでものの結びつけ方も独自にやっているので、いわゆるルール本みたいなものを見るとボカーンとなっちゃいます(笑)。

ー そうなんですね。いろいろなブランドを手掛けられたりプロジェクトを沢山やられていますが、ビジネス的な計算とか戦略を組んだりとかも苦手なんですか?

そのプロジェクトが何を求めているのか?というクライアントの意向があったとして、こういう風にしたいという方向性がコアなところから生まれていないことが比較的多いと思うんですよね。割と定規的というか。こういう風に見せたいとか、割とラフな感じというか。

ー はいはい。

「じゃあなんでこういう風に見せたいのか?」「こういう風に見せるにはどうしたらいいのか?」「こういう風に見せたいっていう意図は何なんだろう?」というような掘り下げをして、かつ「本当に人の心に届くものは何なんだろう?」みたいなものをベースに考えていくので、これを計算と言うのであれば、そういう計算は割とできます。

ー 本質的な計算はできると。

はい、そうですね。自分が感動しないと嫌なので、全力で自分が感動するものを作るし、それを見て「良いでしょ?」と言える自信を持ってやります。そうじゃなかったらやらない。

親友の死

ー 最近一番感動したことはなんですか?

タカちゃんっていう大事な友達のことですね。日本人なんですけどタイで暮らして靴を中心とした【MUZINA】というブランドのディレクターをつとめていた人です。タイの職人たちともファミリーのような付き合いをしていました。本当に太陽みたいな人で、いつも笑っていて、人も大好きだし、いろんな人が周りにいて、天性のアーティスト。本当にみんなに愛されている人なのですが、その彼がタイで突然亡くなってしまって… 。

コロナの渡航制限があってお葬式には行けなかったんですが、百箇日っていう亡くなってから100日後に行う法要があるって知って、それに参加するためにタイに行ってきました。まさに今さっきタイから帰ってきたところです(注:インタビュー当日に帰国しそのままインタビューを敢行)。

彼とはツインソールだよねと言い合う程近い感覚を共有できる人で、常に何か考えて、動いて、制作して、いつも誰かと会って、人と人とを繋げて、アートして、服を作って… ブランドのディレクター同士、互いに鼓舞しあった人でした。その彼がたくさん種まきしたことが確実に芽を出して、「彼を好きだった」という共通言語を通じて人同士が仲良くなれるんですよね。

ー 好き同士で繋がると。

タイに行って改めて愛されている人だなと感じられて感動しました。「タカは最高の人間」と言ってみんなが涙している姿。国も人種も性別も超えて愛は育まれるんだなと。ひとりの人間を通じていろんな人同士が愛をもって繋がることができるんだな、ということを感じられたので悲しみも深いですが、その分感動も大きかったですね。

ー うーん、なるほど。

この経験はなかなかないなと思っています。みんな彼のことを好きだっだし、彼を失って悲しいんだけど、みんなそうなんだよねって思うと孤独じゃないんですよ。自分だけなら彼の死に引っ張られちゃうと思います。

「大事な人を失った私」になっちゃうから。でもそうではなく「あんな大事な人を失った我々」になるから「我々が頑張って生きよう」となれるっていう感動。ひとりの人の死で今生きている仲間を愛せるというところまで繋がる大きいウェーブは今まで経験したことがなかったですね。

自分が辛い時にこそ人に優しくする

ー なるほど。ファミリーということを言われていたと思うんですけど、血の繋がっていない家族、ファミリーっていうのはいろんな人が求めていると思います。いろんな葛藤のあった葉月さんならではのファミリー観だと思うんですが、家族として大切なことは何だと思いますか?

私はタカちゃんの言葉から学んだことがあります。彼が仕事でもプライベートでもすごく大変だった時があって、私も同じ時期にすごく大変なことがあったんですが、彼は自分のことを置いて私を全面サポートしてくれたんですよね。

ー へえ。

「自分が大変な時に人のことまで想えるなんてよくできるね。私、自分だったらそこまで余裕ないかもしれない」って、彼に言ったら、

「タイ人は人に徳を積むのが当たり前。人に徳を積んだら自分にも返ってくるんだよ。だから自分が辛い時ほど人には優しくするべきだって、僕はタイ人の職人に教えてもらったんだ」って彼は答えました。

ああ、すごいなって思いました。

タカちゃんに辛い時に支えてもらったから私もそれを人にしたい、自分も辛かった時はタカちゃんの言葉思い出して頑張ろう、何か誰かにしてあげよう、と思いました。

ー 支えてもらったからこそですね。

それ以来そうありたいなと思っているし、そうしてあげたら相手の人もそうしたいと思うようになると思うんですよ。そういう幸せや愛情の連鎖を続けていけるように彼の言葉を伝えていきたいです。彼は亡くなってしまったけど彼の言葉は私の中に入っているから。自分が大変な時こそ人のために何かをするということは彼から学んで、そうありたいなと思っていることのひとつですね。

ー なるほど、それが葉月さんの描くファミリー像というか人と人の繋がりというか?

そうですね。あとは受け入れること。家族だって友達だって誰だって違うから、分からないことはあるけど、一回分かったってすれば何か新しく見えるかなと思います。私も子供の頃「そうか、分かった。そうやって考えているんだね、葉月は」って親に言って欲しかったなと思いますね。そう言ってもらえてたらまた違ったかなと思います。

親の言うことが絶対ではないし、親が子供から学ぶことも沢山あります。親が何か言った時に「私はこう思うよ」って子供が言ったら親は一回受け入れるべきだと思います。子供の言うことを潰す必要はないというか。私はちょっと潰されたという気持ちになることが多かったんですよね。受け入れてもらえなかったという感覚が蓄積してしまった。

ー 当時の葉月さん自身を救済していると?

そうです、まさに!素敵な言葉でまとめていただいてありがとうございます。

最後に

ー 菅井葉月さんとしてこれからどういう活動をしていきたいのか、どういうビジョンを描いてやっていきたいのか、メッセージをもらえたらと思うのですが。

私は菅井葉月として自分の表現をどういう形で進めていけるのかなと自問自答しながら生きてきました。それを見つける1つとして【 tokone 】をいうブランドをボスでもある武居さんと一緒に立ち上げましたが、自分個人として自分を思考するだけではなくて、人との結びつきによって自分をみたり、自分がリスペクトする好きなものや人たちを結びつけることで自分の輪郭を浮き彫りにするという形でもあったと思います。

この10年間、武居さん、いろいろな仲間、アーティストも私にとって家族と同じような存在でした。すごくリスペクトしていますし、友達としても仲良くしてくれています。彼らによって自分の輪郭線が出てきました。それがようやく10年目なのかなという気もしています。tokone としても自分個人としても、自分の表現を見せるべき時が来たかなと思っています。

ー おお、時が満ちたんですね。何かされるんですか?

tokone のタイツを表現するためのファッションショーを自分なりの形でやりたいと思っています。映像を織り交えた、インスタレーションみたいな舞台に近いショーを。

コラボレーションしてくれているアーティストの面々にも「やっぱり葉月ちゃん面白いね」って言ってもらうために。私を自由にさせてくれている家族に「ママ面白いね」って言ってもらうために。うちの父母もきっと破天荒な娘で心配していたと思うんですが、「あなたなりの形であなたらしく生きているのね」って思って安心してもらえたらと。自分のために、自分の大事な人たちのためにやりたいです。

ー 良いですね。

あと、どうやって生きていこうかなとか、生きていて苦しいとか、好きなものが分からないとか思っている人に伝えたいことは、みんないろんなことがあると思うけど、分からないなりにもがいたら新しい世界が見えるかもしれないし、良い友達が1人でもできたら、話ししたりそれをフィードバックして自分で何かを作ったりもできると思うので、もがいて泳ぐことを続けて欲しいということですね。自分を開いて、相手を受け入れて。 

ー 続けることが大事だと。

人生はシュールコラージュ

今の自分としては tokone10周年に向けた自分の制作をするということ。このアトリエ自体も今年で引っ越しなので節目を迎えています。いろいろな整理をすると共に、私は「人生はシュールコラージュ」だと思っていますので、いろいろな想像できないような現実を受けとめて、いろいろコラージュして結び付けてまたひとつの新たな世界を作っていかれたらなと思っています。

ー 20周年どうしましょうね?

いきなり20周年(笑)!10年でも長かったし本当にいろいろなことがありました。いろいろあったけどほぼほぼ映像に残してもらっていますし、それを繋げたら映画になります。人間忘れる生き物だけど映像は残るから、見ると涙しかないですね。尊いなと。実際に映っている方で亡くなった方もいるし、無くなった場所もあるし、変わった関係性もあるし。その時の一期一会が眩しいって思いますね。だから映像が好きです、私は。

ー じゃあ、20周年もきっと映像はあるんですね?

映像はもう間違いなくあります。そこに表現の場があって、今の好きな人たちが集ってくれて、新しい仲間もいたら嬉しいなと思います。娘にも協力してもらってワールドに巻き込みたいですね(笑)。

HATSUKI_SUGAI/CONTACT_INFO
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