KEI_KURUSU
/ Restaurant Owner

Profile

来栖けい (くるす けい) / 1979年生まれ。茨城県出身。5歳の時にフランス料理店でドーム型の飴細工に出会い食に興味を持つ。2万軒以上を食べ歩き、美食の王様と呼ばれる。連載10本を抱える人気執筆家となるが、執筆活動を辞め2015年にレストラン「ボニュ」をオープン。独自の料理哲学を持ち、ここでしか絶対に食べられない料理を提供し続け全国に多くのファンを持つ。美味しいのは当たり前、その先の驚きと感動を届けている。日本屈指のワインコレクターでもある。

「行きつくところ複雑なものはない」「料理には正解がある」「進化という言葉は好きじゃない」と語る来栖けい氏。前半部分では人間来栖けいがどのように作られていったのかについて、後半では彼がオーナーを務めるレストラン「ボニュ」と彼の料理に対する哲学や想いについて語ってもらった。

宝くじ2億円当たる

ー 宝くじで2億円当たったという話を聞きました。​

20歳の時ですけどね。20年以上前の話です。40歳の誕生日の時にカミングアウトしました。あの時は病気でしたね。誰にも言わなかったんですけど、無意識のうちに人を避けていました。当時は何も迷わず食だけにお金を使ったんですけど、大学生の時なんて一番友達と遊ぶ時じゃないですか。会ってないですもん。もちろん食に走っちゃっていたのもありますけど、人と会ってないです。

ー 宝くじはよく買ってたんですか?

買ってないです。この時が人生初めてです。親にも言ってないですよ。親からはバイトを禁じられていました。学生の本業は学校だからバイトばかりにのめりこんで学校いかなかったら本末転倒だと。だから親から仕送りもらってました。でも仕送りいらないって言えないじゃないですか。だから宝くじ当たってお金あるのに仕送りもらってました(笑)。

ー すごいですね。それも全部食に使っていたんですか?

はい。

ー でも2億円を食に使うって、なかなか使いきれないんじゃないですか?

普通だったら使いきれないでしょうけど、僕は食べる量が異常だったので。一回に10kg以上食べられたし。当時は無限に食べられたんですよ。食べようとは思っていないんですけど、あれも食べたい、これも食べたいっていう興味があるから。お腹がめちゃくちゃ空いたという感覚もなかったけど、お腹がいっぱいになる感覚もなかったです。多分いろいろおかしかったんですよね。

今は何かを食べに行くことはあっても何かを求めて食べに行くことはないです。えー!って驚くこともないし、美味しいことがすごいとも思っていないし。美味しいは最低条件。美味いって思うことはありますよ。ただ、「それとそれを合わせれば美味くなるよね」っていう以上のことはない。その料理を通じて響くことがない。そういう次元のことはもうないです

ー 2億円当たって食べ歩いている頃はあったんですか?

ありましたよ。あれも知りたいこれも知りたいっていう気持ちがあったからいろいろ経験できて良かったんですけど。僕は寝ないとダメな人なんです。睡眠がすごく大事。早く朝にならないかな、と思って眠りについていたのは人生でその時期だけです。早く食べに行きたくて。

大学生の時、僕は何も用がなくても朝5時に起きていました。朝からパン屋行って、ケーキ食べて、ラーメン食べて、どこかのレストラン行って、またラーメン屋行って、夜は1件目のレストラン行って、2軒目のレストラン行って最後ラーメンでシメるみたいな。1日中ずっと食べていました。

その時代は食欲に振り切っていたので三大欲求が「食」しかなかったです。睡眠欲もなかったし性欲もなかった。バランスがあると思っていて、1つが飛び出ると他がなくなるというか、そこに全振りしてしまうというか。今思うと変ですよね。

ー だいぶ変ですよね。それが止まるのはお金が尽きた時ですか?

25歳の時にお金が尽きたんですけど、「こんな変なやつがいる」と知れ渡ってしまって、本を書くことになりました。出版した日には残金200万円だったんです。2億円の残り。そろそろ限界が来てて食べ歩きたくても食べ歩けない。でもその時に出した本がボーンって売れちゃって。印税が入ってきました。いつも首の皮一枚なんですよ(笑)。

ー なんか神様がやれって言っているようですね。ちょうど2億円消えた頃に本出してボーンっていくっていうのは、そういう使命なんですかね。

ボニュ始める前だって本当にお金が厳しくて、3年以上物件が見つからなくて。その間無収入で。あれ以上長かったら本当にヤバかったですよ。結構そんなことばっかりで今に至るっていう感じです。

5,000万の融資を着金前に使い切る

ー 金融公庫から5,000万円の追加融資を受けた話がありましたよね。

ボニュを始めて、有難いことにずっと赤字だったのが途中からボンっていっちゃったんですよね。そうしたらやたら税金取られて(笑)。税理士さんから、さすがにそろそろ給料取らないとまずいと言われて給料取り始めました。給料もらったらあるだけ使っちゃうので、自分が見ない口座に自分で振り込んでいるんです。ないものとして入れておくんですが税金が足りなくなるんですよ。それで自分の給料を全部そっちに注ぎ込みました。

それでも足りないから税務署に行って税金の支払いを三回に分けてもらって、なおかつ自分個人のお金も全部注ぎ込んでなんとか払うというのが当たり前になっていました。

税理士さんから、「お金が足りてません。来栖さん個人から会社に貸しているお金がめちゃくちゃある。返せないから公庫から5,000万円借りましょう。このお金は絶対に使っちゃダメですよ!」と言われました。言われてたのに、融資が決まって、入金される前に全部使いました(笑)。

ー 何に使ったんですか?

ワインです。病気なんで。あるのに買うんですよね。

二度と手に入らないワイン

変な出所のものは絶対買わないんですけど、めちゃくちゃ状態の良い、二度と手に入らないワインが3本出ましたと連絡がありました。仮にこれが「1本100万円です、3本あります」となった時に懐にお金があるかどうかは関係ないんですよ。普通ならこれだけ余裕があるからこれだけ買おうとなると思うんですが僕は違います。

しかも1本だけ買うという選択肢はないんです。僕が1本しか買わなかったら他の2本はどこかのお店にもあることになる。これが嫌なんですよ。許せない。だから全部買う。「あそこにあったよ」って言われたら嫌じゃないですか。

今手元にいくらあるかは関係ないんです。なぜ着金前に使っちゃったというか発注しちゃったかっていうと、たまたままとめて良いオファーがあったからです。なんでこういうタイミングでこういうことあるかな?って思うんですけどね。その時にお金がなければ買えないんですけど。でも、あるじゃないですか?

ー いや、ないんですけどね(笑)。

あるわけじゃないですか?着金予定の(笑)。使いました。

ー いくら使ったんですか?

4,500万円。500万円については別の支払いに使ったんですが。

ー 税理士さんは大丈夫でした?

いや、言わなかったです。でも、うち決算が3月末締めなので、その時に全部資料送ったらバレました(笑)。

ー そうですよね。怒られるんじゃないですか?

はい、怒られました(笑)。

5歳で料理に目覚める

5歳の時、近所のフレンチレストランに連れて行かれたんですが、その時にドーム型の飴細工(キラキラのケーキ)が出てきました。「なんじゃこれは?」とめちゃくちゃ興味を持ちました。宝石みたいに綺麗でしかも食べられる。衝撃を受けました。それが料理に興味を持ったきっかけです。次の誕生日の時に親に「あれを食べに行きたい」と言ってそのお店に連れて行ってもらいました。

ー その頃から意思がはっきりあったんですね。

昔から意思はありましたね。僕は意思の塊です。昔から人についていくタイプでは全くなかったです。学校ではみんな学級委員とかやりたくないじゃないですか。僕はやりたくない意味がわからない。俺について来いって感じでしたね。

磨斧作針(まふさくしん)

ー 結構リーダーになることが多かったんですか?

ずっとそうでしたね。誰かについていくことはなかったです。僕は子供の頃、全然手がかからなかったです。弟は結構親に怒られたり、蔵に閉じ込められたりしていましたけど、僕は全然なかったですね。 

ー 優秀だったんですかね?

優秀かどうかは分かりませんが変わっていたんでしょうね。人と少し違っていたと思います。例えば中学校の学級目標を作る時、普通の子が作るような目標じゃなく、先生も知らないような言葉を目標にしました。僕は今までこの言葉を知っている人に出会ったことないんですが。

ー 何という言葉なんですか?

磨斧作針(まふさくしん)という言葉です。四字熟語。

 僕のクラスは1クラス50人で、最初は僕1人だけこの言葉を言っていまし た。1対49。でも最終的にこの言葉を学級目標にしています。昔から洗脳型 なんですよ(笑)。「これはこうで、こうだから、こうなのよ」って説明し て「あ、なるほど」って納得させるという感じで、今と何も変わらないです。 この言葉の意味は、直訳すると斧を磨いて針を作るです。斧を磨けば削れて いくのでいずれ針になります。要するに、どんなに困難なことでも忍耐強く 努力すれば必ず成功するよ、という意味です。

ー いまのボニュに繋がっていますね。

そうですね、繋がっていますよね。磨斧作針なんて言葉、クラスメイトは誰も知らないから意味を説明していきました。そうすると「なるほど、いいね」という具合に1人、2人、3人と味方になっていきました。こうやって仲間を増やしていったら、最終的に3年4組の学級目標は磨斧作針になりました。

ー 当時から異端ですね。

そうですね。中学校の学級目標を磨斧作針にしたの、僕しかいないと思いますよ(笑)。

ー 磨斧作針を選んだ理由はなんですか?

僕は剣道をやっていたんです。剣道の袴の腰板のところの好きな言葉を刺繍で入れているんですけど、みんなありきたりの言葉を入れるわけですよ。でも僕はそれじゃつまらないんで、いろいろ調べて磨斧作針という言葉を見つけました。字面じゃなくて意味合いがすごく良いなと思いました。どんなに困難なことでも忍耐強く努力すれば必ず成功するというのは何に対してもそうだなと。剣道の袴に磨斧作針って入れたのも多分僕しかいないと思います(笑)。

昔からそういうタイプなんです。誰かがやっていることなんて絶対に嫌ですし。みんなが入れている言葉を袴に入れて何が楽しいんだって思っちゃいます。

レッド気質

僕は小さい頃からずっと赤が好きなんです。理由は単純で、戦隊モノです。5人組みの戦隊モノの主役は誰ですか?赤ですよね。だから赤が好きなんです。黄色とか青とか脇役でしょ。

ー じゃあ昔から主役でありたいと?

ありたいというよりそれ以外考えられないんです。そういう気質なんですよ、昔から。赤が好きになった理由はそれしかない。もし真ん中の主役が青だったら青を好きになっていますよ。

ー それはお父さんお母さんの教えがあったんですか?なかなかこの日本社会ではそうならないですけど。出る杭打たれるというか。

いや、ないです。僕は昔から自分が思っていないことに「うん」とは言えないない人でしたね。

ー 自己肯定感が強いと言うか。確信があるというか。

だって違うんですもん。うちみたいないわゆる高級店って普通はサービス料取るんですけど、うちはサービス料取っていないんです。なぜかと言えば、僕のサービスに文句をつけられても「いや、僕サービス料取ってないんで」と言える逃げ道を作っているんです(笑)。言われたことはないですけどね。お客さんから料理に関して何か言われても適当に合わせることはできないんです。違う時は「いや、それはそうじゃなくて」って言っちゃう。違うことを「そうです」とは言えないから。

ー それでサービス料取ってないんですね(笑)。でもぶつかることもあるんじゃないですか?

ないですね。でもお客さんを帰したことはあります。

売られた喧嘩は買う

うちのお店は客層がすごく良いので、変なお客さんは来ないですし、よほどのことがない限りお客さんを帰すことはないですけど、このお店を7年やってきたなかで過去にはありました。

4人組で来て、1人だけ30分くらい遅れて来たんです。ただ遅れるのはしょうがない部分もあるじゃないですか。お店入ってきて「すみません」って言われたら全然怒らないですよ。

でもその人は何も悪びれた様子がなかった。昼から飲んでいたのか一人だけベロンベロンだったんです。他の3人は以前来たことがあったんですが、その人は初めてで、ひとりだけテンション違って、下品な話をしたりしていて。前の組のお客さんが帰った後、僕はその人に言いましたよ。「お前だけ帰れ」って。

僕は自分からは絶対喧嘩は売らないけど売られた喧嘩は買います。その人はこの店に来て、僕に喧嘩売ったんです。だから僕は売られた喧嘩を買いました。僕はそういうタイプです。

ー なるほどね。それが本当全てを表していますね。料理とかワインにもそのあたりが出ていますよね。

極端ですよね。ワインも満遍なくなんて置いてないですし。ブルゴーニュワインが好きな人もいる、でもカリフォルニアワインが好きな人もいるかもしれない。そう考えたらいろいろ置いておいたほうが良いような感じがするじゃないですか?でも僕は絶対にそれはあり得ない。それをしちゃったら求めているお客さんは来なくなるし、変な言い方をしてしまうとホテルの料理になってしまうんです。

なんでも揃っていることが良いとは思わないし、逆に「うちはこれしかありません」っていうほうが、それが好きな人たちが集まってくるのでむしろ良いんです。

お客に合わせない

ー ボニュのお店作りをしている時からこういう人が来るって想定していたんですか?

いや、深いところは何も考えてないですよ。僕はお客さんのことは考えてないです。僕のやりたいことをちゃんと健全にやっていれば絶対にお客さんはついてくると思っています。中途半端なことやっていたら来ないかもしれないけど、自分に自信を持ってやっているので。お客さんに料理を合わせることはしません。味付けだって合わせないし。濃いものが好きな人もいれば薄いものが好きな人だっています。そのどっちに美味しいと言わせる領域があるんです。それに合わなかったらもうしょうがないです。合わせにいって微妙な反応なのが一番後悔するじゃないですか。

ー 来栖さんが納得した味で出すと?

それ以外ないですよね。ワインだって僕の嫌いな作り手のものは置いないし。僕が好きなものしか置かないです。

ー 僕はボニュに通わせてもらっていて自分勝手さはあまり感じないんですよ。「記憶を味方につける」って今日も来栖さんが言っていましたけど、今までその人が食べてきた記憶とか食の体験を考慮してプレゼンしてくれるので、そこに優しさというか、おもてなしを感じるんですよね。

僕はそこって紙一重だと思っていて、何でもしてあげることが優しいということではないと思うんですよね。例えば僕が手土産を持っていく際、僕が好きだから持っていくわけです。僕が好きなものを。「これ、こんな美味いからさ、食べてみて」みたいな感じで。僕はどっちかというとそっちのノリなんです。


自分が好きなものを持っていけば、「あ、この人こういう人なんだ」って分かるじゃないですか。それもあるから僕は変に向こうに合わせないです。最初からこの人は甘いものは食べない人だとか分かっていれば考えますが、基本的には自分のベストを尽くします。

ギリギリを攻める

ー その前提はありつつもお客さんとよく対話しているなと感じます。何度もリピートしている僕の場合でも、初めての時と、2回目、3回目の時、冬に来る時、春に来る時、毎回違うじゃないですか。

僕はきっちりした優等生なサービスが好きじゃないんです。初回のお客さんとか何回目のお客さんとか関係なく、「この人はここまで踏み込んで良い」と大体分かります。直感で。僕が冗談っぽく何か言って、もしかしたら怒られちゃうかもしれない。でもそこのギリギリを攻めたがるんですよ。

ー それはすごい分かります。来栖さんっぽい。

僕はそういうことが言える感じでハマったほうが結果的にお客さんとの関係が良くなると思うんです。計算しているわけじゃなくて無意識にやっているんですけど。そつのないサービスをしようとは思わなくて、これ言ったら怒られるんじゃないかくらいのギリギリを攻めます(笑)。

ー 料理もそうですもんね。肉もギリギリ。

そうです。なんでもギリギリ。

大事なものに対して喧嘩売られるのが許せない

大人になると小さい頃より自分にとって大事なものが明確になるじゃないですか。僕にとって料理は大事なんですよ。先ほどお客さんを帰した話をしましたけど、その人は僕に喧嘩を売っているのもありますけど、料理に対して喧嘩を売っているのと一緒なんですよ。僕の大事なものに対して喧嘩を売られるのが許せないんです。

ー なるほど、じゃあ愛ですね。守っているっていう。

そうですよ。僕は自分の大事な人や自分の関わりのある人は、損得抜きに自分のできることは何でもしてあげたいと思うし、ずっと守りたいと思っています。

大火傷を負っても店を閉めなかった理由

ー 僕が印象的だった出来事があって。以前大火傷をされたじゃないですか。あの時も店を閉めずに立ち続けましたよね?

ありましたね。あの時はマジでヤバかったですからね。火傷して入院って言われて、皮膚を移植だって言われていて、働くなんて意味わからないという状態でした。でもお客さんには関係ないですよね。僕のいるボニュといないボニュ。お客さんにとっては一回は一回です。しかもそのとき僕はボニュ以外に焼肉もやってましたから。

焼肉は僕しか焼けなかったんです。僕がいなければパフォーマンスが下がるわけじゃないですか。それが無理なんですよ。あの時はボニュも大変でしたけど、特に焼肉はキツかったですね。だって僕、自分の肉を焼いちゃっているわけですからね、ジューって(笑)。なのに目の前で肉をジューって焼かなきゃいけないんですよ(笑)。

もうプライドしかないというか。仕事だと思っていたら多分休んでいました。例えば僕がどこかに雇われていたら休んでますよね。僕には代わりがいないので休みたかったけど休めなかったです。それどころじゃなかったので。

ー 店を閉める、予約キャンセルという選択肢はなかったんですか?

全くなかったです。

ー 生き様がすごいですよね。プライドですか?

もちろん僕は自分のことが大事ですし、自分中心の考え方をすることもありますけど、そこは完璧にお客さん中心なんですよ。お客さんの立場になったときに、僕がいるのといないのは違うんで。そこしかないです。

ー やっぱり僕はそこに愛とホスピタリティーを感じるんですよね。

極端な話、ボニュは僕が料理を作っていないから、僕がいなくても同じ料理は出るんです。でも違うんです、絶対。僕がいて接客するのとしないのとでは違う。料理の説明だって僕にしかできないんです。僕がいなかったら伝わらないですよ、うちの料理。例えばサービスの人間に僕の言うことを一字一句書いて渡しても無理ですよ。伝わらない。その人が経験してきたこと、やってきたことを全て含めて言葉にしたのと、そうでない言葉は全然違うじゃないですか。だから休めないです。

自分のやっていることに嘘がないし、そこに対して誇りを持っているからそこだけは譲れないんですよね。

進化という言葉は好きじゃない

ー 僕が面白いなと思うのは、ボニュは試行錯誤して料理作ってないじゃないですか。もう正解はこれだっていうものがあるというか。

うちの料理って他には全くないものだから、初めて来たお客さんに「ここに至るまでにいろいろ試行錯誤されたんですね」と言われることがあります。でも僕は試行錯誤はしていません。

試行錯誤っていうのは、こうかな?いやこうかな?ってやることで、この時点で着地点がブレちゃっている。例えばプリン作っていて、「砂糖をあと1g増やそう」という微調整はしますよ。でもこれはプリンの作り方の方向性が変わっているわけじゃなくて最後の微調整をしているだけなんです。

ステーキってどうやったら美味しく焼けるかな?って思っている時点で美味しく焼けるわけないんですよ。美味しいステーキが分かってないんだから。

ー 6時間かけて焼くボニュ焼きも始めから決まってたんですか?

決まってましたよ。あれは僕が20代の頃から家で焼いていたやり方ですから。美味しいステーキはこういうものって決まってるんです。焼き目だったり温度帯の持っていき方だったり、いろんなことありますけど。できるできないは別として理想論を挙げるわけです。最強の状態にするためにはこうしなきゃいけない、じゃあ必然的にひとつ前の工程はこうでなければいけない、というように見えてくるわけですよ。完成形からの逆算なんです。

ー じゃあもう完成形が見えてるわけですね。

たまにお客さんから、

「3年前にあるお店に行きました。その時は普通だったけど最近行ったら美味しくなっていました。肉の焼き方も深まって店が進化していました」

というようなことを聞くことがあります。これ一見よく聞こえるじゃないですか。でも僕のなかではめちゃめちゃはてなマークで。多分シェフが気づいちゃったんでしょうね。昔は肉をこう焼いていたけど、こうやって焼いたらもっと美味くなるんじゃないかと思って焼いてみました、確かに美味しくなりました、お客さんからも評判良いんです。これをみんな進化とか良いふうに見るじゃないですか。でも僕のなかでは全く逆です。

僕から言わせたら、そのシェフはその焼き方を知らなかっただけなんですよ。だったらそれを知ってから独立すべきじゃないの?って思っちゃいます。

ー 知らない状態でお客さんに出しているのが間違いだと?

だってお客さんは実験台じゃないんだから。実験台じゃないし、同じ値段を取っているわけじゃないですか。僕のなかではないですね。

僕は正直、料理に関しては進化って言葉が好きじゃないんです。みんな良いふうに捉えるじゃないですか。SNS上でも「あの店は進化した」って書き込みがあったり。進化進化って良いふうに使うけど、どんだけ進化するんだって話で。僕は進化するってことはそれだけ知らないことがあるってことだと思っています。

料理には正解がある

ー 来栖さんの場合は、プリンはこれ、ステーキはこれっていうのがありますもんね。

それは自分の考えでしょって言われるかもしれないけどそうじゃない。僕はあらゆるものを見てきて、それだけのことをやってきた自負があるんです。いろんなものを見てきたなかでそういう結論に達しているので。料理に正解はないって言いますけど、正解は絶対あるんですよ。正解はない、好みだからって簡単に言う人ほど分かってない。

僕は好みって言葉を簡単に使う人は好きじゃないです。好みって言葉を使う人に限って好みじゃないものを比べているんですよ。好みというのは、同じレベルのものを並べた時に初めて成立するわけであって。

例えばスーパーに売られている缶詰の餡子と日本で一番美味しい和菓子屋さんの餡子を比べていたりします。「私はスーパーの餡子のほうが好みだわ」っていうのは好みでも何でもないですからね。これは慣れなんですよ。普段その人がそっちを食べ慣れているからそっちを良いと思うだけです。その人がちゃんとした餡子の良さを分かっていないだけ、知らないだけです。だから、「好み」って言葉を使う人は分かっていない人が多いです。間違って使っているんです。

例えば、東京で一番の和菓子屋さんの餡子と、京都の有名などこどこの餡子を比べた時に、「私はこっちが好みだわ」となればこれは好みです。同じ次元のものだから、これは好みが成立するけど、そうじゃない場合は好みという言葉は成立しません。みんな簡単に言いすぎる。正解は絶対あります。

ー それに気づいてないだけ。気づいててもできない人もいますからね。

気づいてない人のほうが絶対多いです。

ー 僕がボニュの料理で感動したのはもやしのリゾット。全然美味しそうじゃないのに、あれを食べた時に「もやし食べたことなかったのかな?」って思いました。サーロインも苦手な印象だったけど「ああ、これがサーロインならサーロイン好きだわ」って思いました。パラダイムシフトというか常識が変わるというか。それが本来の姿なのかもしれないけど、そこに気づけるのがボニュのすごいところですよね。

ジャンル関係なくここまで香りを引き出せる料理はない。香りが乗っかった最強の料理が今のスタイルだから僕は今これをやっているんです。これ聞いている人も食べないと分からないと思いますけど。

シンプルの意味

うちの料理ってむちゃくちゃシンプルじゃないですか。でもシンプルという言葉の意味合いが違うんですよ。みんなシンプルって言葉を簡単に使いすぎで。「うちは素材を活かしてシンプルに」ってよく聞く言葉ですけど、それはシンプルじゃない。僕が言っているシンプルはそこじゃないんで。

ー 来栖さんのなかのシンプルの定義は?

その素材の持っているものを120%伝えることです。

ただ、必ずしも全ての料理がそうでなければいけないとは思っていないです。例えばカジュアルで値段の安いお店だったら食材のポテンシャルも求められない。そのなかでこれとこれを合わせて美味しくさせるというのは全然OKです。僕が言いたいのは、ある程度の価格帯で、良い素材が使える環境のなかで、いろいろなものを組み合わせているにも関わらず「うちは最高の食材を使っています」というこの矛盾感です。

ー そこが許せないんですね?

組み合わせる前提ならピン(最上)のもの使う必要性はないです。逆にピンのもの同士で殺し合うだけなので。僕が言いたいのはここのところなんです。

ー それって料理の世界では伝わらないんですか?聞けば当たり前のように感じますが?

ひとつの主役の素材があって、それをより引き立てるためにこの素材をちょっと合わせますとか、これなら良いんですよ。酸味が足りないから酸味を足しますとか。それを否定してるわけじゃなくてそれはそれで良いんです。料理って酸味が足りなかったら酸味を足せば美味くなっちゃうんですよ。足りないパーツさえ分かっていれば美味しくなるんです。だから決して難しいことではないんですよ。

でもそこじゃないんです。僕はもっと先のことをやっていて、組み合わせないじゃないですか。うちは本当の単一の素材でやるじゃないですか。それって結構難しいんですよ。かなり難しい。でもそれがその素材の味なんです。

ただひとつ難しいことがあって。例えばトマトは畑でもぎ立てを食べるのが一番美味いですよ。でもこれは料理じゃないです。素材。素材と料理は全く違うものです。

僕が地方で料理をするんだったらその土地のものしか使わないと思います。でも東京って特別で、いろいろなものが集まるところで、僕のなかではなんだかんだ究極のことができるのは東京だと思っているんですけど、正直トマトを東京に持ってきている時点でもう美味しくないんですよ。美味しくないって言うと語弊がありますが、確実に採れたてよりは味が落ちています。そのトマトに的確に手を入れることによって、畑で食べるトマトよりも美味しくさせていなければいけない。僕はそれが料理だと思っているんです。

だから僕はどんなに素材が良くても、それをただ切って出すことはしません。それは料理じゃないので。素材なので。それを僕はシンプルとは言わない。料理と素材は全く違うということです。

料理としてこれ以上ないシンプルな領域であるということ。

日本料理でもよくシンプルって言うじゃないですか。例えば、松茸のお碗が出てきました。出汁があってそこに松茸が入っているだけです。これシンプルって言いますよね。でもこれシンプルじゃないですからね。鰹と昆布が入ってますから。これは複合的な美味しさです。

うちはそれすらしないじゃないですか。松茸なら松茸しか使わない。普通だったら「何とか茸のリゾットです」と言ってもベースのブイヨンとか入れているわけですよ。うちはそれを使ってないんで。

ー これで美味しくなるのが凄いですよね?水と塩だけで。

だからすごく難しいですよ。今日は出してないですけど、僕はお客さんにきゅうりのリゾットを出しているんです。きゅうり、米、水、塩、オイルだけじゃないですか、使っているの。それだけで成立します?

ー 普通に考えたら美味しくなさそうですね。

普通は成立しないじゃないですか。それを成立させますからね。

ー それがすごいですよね。まさに来栖さんが言った好みじゃないんですよね。薄い味が好きとか濃い味が好きとか、もやしやきゅうりが好きとか嫌いとか。そういうことじゃない。

伝えるのは使命

ー これからのボニュはどういう店づくりを考えていますか?

正直何も考えてないです。うちは毎日お客さんは3組だけじゃないですか。僕はその3組のことだけしか考えてないです。僕は来てくれたお客さんだけに全力を尽くす。来たお客様が本当に良かったと思ってくれたら勝手に広めてくれると思っています。

僕はボニュでは常連さんしか入れない店はやりたくないです。正直そっちの方が楽ですよ。でもそれだと僕がやっているスタイルとかやっている次元のことが広まっていかない。僕の理想は常連さんと新規のお客さん半々くらいです。

ー 広めていきたいというのはあるんですか?

もちろん。広めていきたいというよりも、これは伝えなければいけないし、僕の使命です。僕はお金のためにこの店をやっているわけじゃない。この食の現状を変えるためにわざわざ食べる側をやめてこっちに来ているんで。

ー それはどんな問題意識があってのことですか?

だって、みんなこねくり回して料理作っているじゃないですか。僕には基準があって。料理を出す意味の最低条件があります。

例えば魚。ヒラメでもなんでもいいですが、素材が良ければちょちょっと焼いて塩だけで食べても美味しいわけじゃないですか。でも素材が良くても、いろいろ組み合わせちゃって、こねくり回しちゃって食べた時に、「これってそのまま食べたほうが美味しいじゃん」ってケースって結構あるんです。それって美味しくなくしちゃってるんですよ、わざわざ。


良い素材をちゃちゃっと焼いて美味しい、これ以上になっていないと出す意味がないです。火入れだったりとかいろいろありますが、それが最低条件。ちゃちゃっと焼いて美味しくなかったらそれは素材自体がダメなんで。良い素材ならちゃちゃっと焼いても美味しいんですよ。それ以上になっていないとダメ、それが基本のライン。それ以下になっていたら意味がないです。

ー そういうレストランやお店が多いから伝えていきたいと?

そうです。

ー 実際にこれだけ聞いてもよく分からないない人が多いと思うんですけど、ただ僕が感じるのは、ボニュの料理を食べる前と食べた後では世界が違うというか。美味しいだけじゃなくて、誰かに言いたい、伝えたていきたいと確かに思いますね。

是非これをきっかけにボニュを知った人に足を運んでもらいたいなと思うんですけど、最後に何かメッセージはありますか?

実際うちの料理はどこでも感じたことのない世界だと思うんですよ。どんなに色々食べている人でもそこは感じてもらえるかなと思います。僕が一番嬉しいのは、美味しかったとかそういうことじゃないんですよ。僕の想いを第三者の人と共有できた時が一番嬉しいんです。


考え方を共有できること、全く知らない人と料理を通じて共有できるって、これ以上に嬉しいことはないんですよ。それは美味しいと言われることより圧倒的に嬉しいんです。美味しいっていうのは最低条件だから。美味しいことはすごいことだと思っていないから。

ー その先にある感動で共有できることが嬉しいと?

そこを共有できることに僕は一番やりがいを感じるし、そういう人を一人でも二人でも増やしていきたいと思っています。

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